ドラマから演劇へ
~演劇百貨店のワークショップ概観

柏木 陽(演劇百貨店代表)

 全国津々浦々でワークショップが盛んに行われています。 しかし、ワークショップのあり方は一様ではありません。 私たち演劇百貨店が考えるワークショップ、とりわけ演劇ワークショップとは何なのでしょう。 今回は、演劇百貨店代表の柏木陽店長が、先輩のNPOであるシアタープランニングネットワークの機関紙「Theater&Policy」(第18号、03年4月発行)に発表した文章を再録します。

 私は演劇ワークショップを行うNPO法人「演劇百貨店」の代表を務める柏木陽といいます。 私はもともとNOISEという劇団で俳優として活動しながら、自分で脚本を書いたり演出をしたりしてきました。 自分自身の創造活動をしながら、劇作家・演出家の故・如月小春を師匠と仰いで約10年。彼女の活動をサポートするように一緒にワークショップの活動に携わってきました。

 無手勝流で始めたワークショップの仕事ですが、いつの間にか様々な人が集まり、小さいながらも大きな活動の一歩を踏み出すことになりました。

2003年2月9日のワークショップ風景

 ところで、ワークショップという言葉は大変広く使われています。 本来は「作業場」と言った程度の意味だということは、わざわざ注釈をつけなくても一般に浸透してはきましたが、それでもこの便利な言葉は今でも様々な事象を飲み込んで膨大な内容を持ち続けているように思います。

 また、ワークショップという言葉は、各行政機関やその組織するところによって少しずつ名前や解釈が変わるようです。 青少年健全育成といわれたり、住民の参画型事業だったり、あるいは児童の学習意欲促進の活動だったり、そのほかにも「まなび」「くらし」「まちづくり」などなど……。 当初、NPO申請のための作業を行っていく中でこれらの言葉に迷い、何をどう捉えたらいいのか分からなくなっていきました。 そんな日々の中で、自分たちなりにワークショップという言葉の意味を考えました。 私たちがどんな活動をしているのかをお知らせするために、ここでは少し整理してお話したいと思います。

 ワークショップの専門家であるシアタープランニングネットワークの中山夏織さんの研究をもとに、小暮宣雄さんが整理した文章(「文化政策入門」池上惇ほか編、丸善ライブラリー)を、少し長いのですがそのまま引用します。

 芸術に関わるワークショップとは(多様ではあるが)芸術を技術や教養として一方的に教育するのではなく、参加者と指導者(「ファシリテーター」などと呼ばれる)の関係が可変的で、指導者は自らも触発されつつ参加者の可能性を引き出すお手伝いをするものだといえる。

 ワークショップは大きく三つに分類される(英国劇場研究の中山夏織による)。

(1)芸術家を養成するための「トレーニング・ワークショップ」。
(2)筋書き通りではなく、メンバー同士で工夫し合い創っていく「コレクティブクリエーション」。
(3)アウトリーチではとりわけ大事だと思われる「コミュニティ・ワークショップ」。

 (3)のコミュニティ・ワークショップはさらに二つに分かれる。 つまり、ある芸術そのものを噛み砕いて、体験により教え伝えるもの(Training about theater)と、ある芸術を通して「何かを学ぶ、何かを得る、何かを分かち合うというもの」(Learning through drama)の二つ。 どちらも「芸術に親しむ」ための活動だが、特に後者のワークショップは学校現場や各種コミュニティ活動の参加過程に取り入れられて、私たちの問題の発見と共有、コミュニケーション能力の向上に活かすことができると思う。

 私たちはこの(3)のコミュニティ・ワークショップを行っている団体だということが出来ると思います。 その中でもLearning through dramaを念頭に置き活動しています。

 最近出てくる言葉で「演劇を使って」という言葉がありますが、私なりに解釈するとこれは演劇を目的とするか、演劇を手段にするか、という二つに分類されるのではないか思います。 演劇を目的とする場合にイメージするのは演劇普及とか観客創造とか呼ばれるような活動、劇場にどうやって親しんでもらうか、どうやって演劇の面白さを知ってもらうか、ということだと思われます。 演劇を手段とするといった場合、これは教育現場やまちづくりワークショップなどの現場でまさに「演劇を使う」かたちで様々な効果を呼び起こそうとして行われていることでしょう。

SePTWS2003年3月30日発表会風景

 私たちは作品作りを行って最後に発表会を催すワークショップをこれまで展開してきました。 その時に議論になったのはこの二つの立場の違いでした。 よく言われることですが、発表会は必要ないという議論があります。 とくに私たちの活動にはこの議論がつきまといます。 私は“演劇”ワークショップを行うのであれば、なにがしかの経験を観客に向かって開くこと、そこで観客からのレスポンスをもらうという経験を持つことは必須のことではないかと考えています。 現状ではそこまでのワークショップの現場を持つことは難しいでしょう。 ですが、他者に向かって自分の創造や発見を他者に分かる形で提出することは必要なことだと思うのです。

 ドラマを経験することから、その経験を使って何かを作り出す、という状態へ移行し、さらにその作り出した物を他者に向かい開く、ここまでで“演劇”なのではないかと考えます。 その時に忘れてはならないのはLearning through dramaがあくまでも基本だということです。 ブライアン・ウェイは「演劇」は主として、俳優と観客の間のコミュニケーションである。 「ドラマ」は観ている人とのコミュニケーションは一切問題にせず、一人の参加者の経験である」(「ドラマによる表現教育」訳・岡田陽/高橋美智、玉川大学出版部)と、いっています。 この言葉に従って考えれば私たちの活動は「ドラマ」の経験を子どもたちに分かつと言うよりは、「演劇」を体験させることに主眼があるように思いますが、実はこの二つをわけて考えることは出来ないのではないかと思うのです。

 演劇はドラマを内包し、ドラマは演劇を大きく包み込んでいます。 彼は同じ本の中で「ドラマを教える方法として考えることは、また別の混乱を起こすことになる」ともいっています。

 「ドラマ」から「演劇」へ。私たちの活動はそのステップをたったの二週間の中に納めてしまいます。 姫路にある兵庫県立こどもの館での実践では、子どもたちに「演劇」を知ってもらおうとしたときに彼らの中の「ドラマ」に着目せざるを得なくなっていきました。 世田谷パブリックシアターの中学生のためのワークショップでは子どもたちの「ドラマ」を追いかけるように始めていって途中から私たちがその「ドラマ」を追い抜くようにして作品創造へと流れ込んでいきます。

 本当の意味での「演劇」体験は「ドラマ」によって支えられているのでしょうし、それらを他者と共有する場を作り出すことが「演劇」にとっての豊穣な現場を取り戻す第一歩のような気がします。

 私たちは子どもたちに教えられながら、そんな演劇ワークショップの場作りをこれからも行なっていきます。 ぜひみなさんのご協力をお願いします。

(参考)「シアタープランニングネットワーク」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~tpn/

2003/05/10